2010年03月01日

戦時中の「行きます」という挨拶の意味

 ご利用者様から、戦時中のお話は、今までにも機会あるごとに聞かせていただいております。
今日聞かせていただいたお話しを皆さんにもご紹介させてください。

皆さん、出かけるときには、「行って来ます」が当たり前の挨拶ですよね?

しかし、戦時中は「行きます・・・」という挨拶をしたそうです。

戦地へ出征するとき、
「行って来ます」と言ってはならなかったのだそうです。
帰ってくることなど考えず、「行きます」と家族に敬礼する姿。

出征される大切な夫を、息子を、兄弟を送る家族。

お母さんは、小さな子どもを背におぶりながら、涙が頬を伝っていたそうです。


私は、戦争を体験しておりません。
しかし、戦時下を生きてこられた皆様と、今、時間をご一緒させていただいております。

計り知れない皆様の、苦しみを、悲しみを、ご苦労を・・・
この貴重な、生の体験を聞かせていただくことができること
無駄にしてはならないのです。

お話を聞かせてくださる、おばあちゃんの潤む瞳が忘れられません。

私達は、歴史を繋ぐ貴重な役目を負わされていると自負しています。

語り合い、人が人を苦しめあう世の中を皆さんの少しの心がけで
無くしていきましょうね。

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posted by Butoh at 21:39 | Comment(4) | 福祉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月10日

高齢者の方々のご苦労は計り知れない・・・敬う気持ちを忘れず、未来に繋げる福祉でありたい!

高齢者の方々に皆さん長生きをしていただきたい。できることなら、それぞれのご希望に叶う楽しみを実現しながら、生活内容は各違えど自立した日々を続けていただきたいと思う。
 時代背景によって苦労を強いられ現在の社会を築いてこられたて来られたお一人お一人である。現在の恵まれた(?)時代・社会に優遇されるのは、当然の報酬であると思うのだが・・・。

 小学卒業12歳で遠い工場に働きに行く。夜明けから日暮れまで、働き続ける毎日。安い賃金は全て家に持ち帰る。春に行くと正月まで、帰省を指折り数えた。また家を離れるときは、親に送られ歩く駅までの長い道のりを、涙を見せられず顔が上げられなかった。
 
 学校に行って勉強したかった。しかし生活のために学校も続けられない。戦地に向かうもう会えないかも知れない親、出兵の汽車を涙で追いかけた。

 若くして志願兵として戦地へ出られ、命をかけたその生活の厳しさ、今でも蘇る恐怖体験。

 心を澄まし皆さんの話を聞くたびに心の中に思いおよび、うなずくことしかできなくなる。結果、文頭の気持ちが更につのる。

 ネガティブではない。ポジティブであるからこそ“温故知新”!足元を見て敬う気持ちを忘れず、未来に繋がる一人でありたい。

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posted by Butoh at 12:03 | Comment(0) | 福祉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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